• 変わることのないキリスト
    ヘブル人への手紙13章8節 「イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。」 【序】変わることのない神キリスト  今年は令和2年です。令和とか平成とか昭和という元号は、明治維新以降はお一人の天皇陛下の在位期間に用いられています。代々の天皇陛下の在位を合算した皇紀という暦もありますが、天皇陛下でさえ時と共に交代していきます。  一方、今年は西暦2020年です。西暦は、...
  • 道・真理・いのち
    ヨハネの福音書14章6節 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」 【序】「わたしが」と語られるキリスト  イエス・キリストは「わたしが」と、明確に自らを指し示します。古今東西、今に至るまで100年以上の時を超えてその教えが受け継がれてきた宗教家や哲学者は数多あります。そのすべてが「人はいかにして生きるか」という...
  • 山上の説教26:偽善者たちの断食
    マタイの福音書6章1~6節 「人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いを受けられません。ですから、施しをするとき、偽善者たちが人にほめてもらおうと会堂や通りでするように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているのです。 あなたが施しをするときは、右の手がしていることを左...
  • 山上の説教25:天の父が完全であるように(工事中)
    マタイの福音書5章48節「ですから、あなたがたの天の父が完全であるように、完全でありなさい。」...
  • 山上の説教24:自分を愛する者を愛しても
    マタイの福音書5章46,47節「自分を愛してくれる人を愛したとしても、あなたがたに何の報いがあるでしょうか。取税人でも同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたとしても、どれだけまさったことをしたことになるでしょうか。異邦人でも同じことをしているではありませんか。」 【序】敵を愛することの実践  前節の「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」という教えに続くもので、こ...
  • 山上の説教23:敵を愛せよ
    マタイの福音書5章43~45節「『あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎め』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。父はご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。」 【序】敵を愛しなさい  私は石川県の...
  • 山上の説教22:求めてくる者、強要する者に対して
    マタイの福音書5章40~42節「あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着も取らせなさい。あなたに一ミリオン行くように強いる者がいれば、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。借りようとする者に背を向けてはいけません。」 【序】偽善者呼ばわりされるクリスチャン  みことばの中にあるミリオンという言葉は、ローマ帝国の時代に距離を表した単位で、1ミリオンは約1.5kmです。  残念な...
  • 山上の説教21:あなたの右の頬を打つ者には
    マタイの福音書5章38、39節「『目には目を、歯には歯を』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つ者には左の頬も向けなさい。」 【序】目には目を  つい最近のことだと思っていましたが、主役の堺雅人さんの「やられたらやり返す、倍返しだ!」というキメ台詞で有名なテレビドラマが流行していたのは、もう6年半も前...
  • 山上の説教20:誓ってはいけない?
    マタイの福音書5章33~37節「また、昔の人々に対して、『偽って誓ってはならない。あなたが誓ったことを主に果たせ』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。決して誓ってはいけません。天にかけて誓ってはいけません。そこは神の御座だからです。地にかけて誓ってもいけません。そこは神の足台だからです。エルサレムにかけて誓ってもいけません。そこは偉大な王の都だからで...
  • 山上の説教19:離婚に関して
    マタイの福音書5章31,32節「また『妻を離縁する者は離縁状を与えよ』と言われていました。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも、淫らな行い以外の理由で自分の妻を離縁する者は、妻に姦淫を犯させることになります。また、離縁された女と結婚すれば、姦淫を犯すことになるのです。」 【序】離婚にまつわるイエス様の教え  「妻を離縁する者は離縁状を与えよ」というモーセの時代の規定は、安易に妻を離縁する...
  • 山上の説教18:体の一部がなくなっても
    マタイの福音書5章29,30節「もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」 【本論1】病変部位の切除  お恥ずかしい話ですが、実は私、朝乃山関と体重があまり変わりません。身...
  • 山上の説教17:『姦淫してはならない』の解釈
    マタイの福音書5章27,28節「『姦淫してはならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。情欲を抱いて女を見る者はだれでも、心の中ですでに姦淫を犯したのです。」 【本論1】卓越したキリスト教の性倫理  姦淫するとは、道義に背いた形で性的関係を持つことを言います。具体的には、自分の配偶者以外の人と性的関係を持つこと、人ではない動物と性的関係を持つこと...
  • 山上の説教16:訴追者との和解
    マタイの福音書5章25,26節「あなたを訴える人とは、一緒に行く途中で早く和解しなさい。そうでないと、訴える人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれることになります。まことに、あなたに言います。最後の一コドラントを支払うまで、そこから決して出ることはできません。」 【本論1】イスラエルの裁判システム  さて、今朝分かち合いますのはマタイの福音書5章25節26節の...
  • 山上の説教15:和解の勧め
    マタイの福音書5章23,24節「ですから、祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。」 【本論1】互いに赦し合うことの大切さ  兄弟とは親しい間柄の人のことです。今日は、互いに赦し合うことについて、聖書からお話しいたします。  「で...
  • 山上の説教14:「殺してはならない」の解釈
    マタイの福音書5章21,22節「昔の人々に対して、『殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に『ばか者』と言う者は最高法院でさばかれます。『愚か者』と言う者は火の燃えるゲヘナに投げ込まれます。」 【序】殺人の拡大解釈  昔の人々に...
  • 山上の説教13:律法を成就するキリスト
    マタイの福音書5章17~20節「わたしが律法や預言者を廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく成就するために来たのです。まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します。ですから、これらの戒めの最も小さいものを一つでも破り、また破るように人々に教える者は、天の御国で最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを行...
  • 山上の説教12:世の光
    マタイの福音書5章14~16節「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」 【序】イエス様も弟子たちも「世の光」?  全...
  • 山上の説教11:「地」と「世」
    マタイの福音書5章13、14節「あなたがたは地の塩です。....あなたがたは世の光です。」 【序】「地」と「世」の区別  イエス様は、弟子たちのあるべき姿を説くに際して、「地」と「世」を区別しています。  聖書はもともと、旧約聖書が古典ヘブライ語で、そして新約聖書がギリシャ語で書かれています。しかし、どちらもそのほとんどを書いたのがユダヤ人ですから、ユダヤ人的な表現技法が用いられています。代表的な表現...
  • 山上の説教10:地の塩
    マタイの福音書5章13節「あなたがたは地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気をつけるのでしょうか。もう何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけです。」 【序】キリスト者がこの世界に生きる意味  このみことばに続く14節には「あなたがたは世の光です」と続きます。この講話は「地の塩・世の光」の話として、この世界に生きるクリスチャンが、どのように生きるべきかという問題に...
  • 山上の説教9:何を選ぶべきか
    マタイの福音書5章11,12節「わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。大いに喜びなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのですから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々は同じように迫害したのです。」 【序】何を選ぶべきか  上のみことばの「わたし」とは、イエス・キリストのことです。  ところで、2018年のワ...
  • 山上の説教8:義のために迫害される者の幸い
    マタイの福音書5章10節「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」 【序】迫害がつきまとうキリスト教史  キリスト信仰・キリスト教の歴史は、常に迫害と向き合って来ました。そもそも、私たちの信仰の対象であるイエス・キリストご自身が世に迫害され、何ひとつ罪がないにもかかわらず、群衆の圧力によって歪められた裁判の結果、十字架に架けられました。それゆえでしょうか、初代...
  • 山上の説教7:平和をつくる者の幸い
    マタイの福音書5章9節「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。」 【序】全人類の願いである平和  平和であることは、世界中のほとんど全ての人の願いであると言えます。軍人はどうか、軍人ほど平和であることを望んでいる人はいないといいます。なぜなら戦争になると命がけで戦う必要があるからです。死の商人と呼ばれる、紛争地に武器を売りつける人はどうか、私が思いますには、たとえそれ...
  • 山上の説教6:心のきよい者の幸い
    マタイの福音書5章8節「心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るからです。」 【序】清らかな心は古来から日本人の美徳  私たち日本人は神道によって精神文化が築き上げられてきました。ある聖書学者がこの神道の精神性について、「神道の中心的な伝統として、清く明るい心と書いて『きよきあかき心、清明心』というものがあります。くもりなく、すがすがしい心です。神様の前にそういう心でいることが一番大切なのだ、...
  • 山上の説教5:あわれみ深い者の幸い
    マタイの福音書5章7節「あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるからです。」【序】主イエスに従うなら、なぜそのようにしないのか?  私の好きな子供のゴスペルソングに「シェパードソング」という歌があります。「羊飼いの歌」という意味です。英語の歌なので、この番組でお送りすることは致しませんが、このような意味の歌詞です。「あなたは私の羊だと言うが、それならなぜ私に付いて来ていないのか。あな...
  • 山上の説教4:義に飢え渇く者の幸い
    マタイの福音書5章6節「義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるからです。」【序】義に飢え乾く者の幸い  何かに飢え渇くためには、その何かを味わったことがなければ飢えようも渇きようもありません。私の母は昭和16年生まれですが、戦時中に4つ年上の伯母が刻んだ大根の入った雑炊を嫌がり、菜っ葉の入った雑炊がほしいと駄々をこねたそうです。しかし、母は、我が儘を言わずに与えられる雑炊を食べていたそう...
  • 山上の説教3:柔和な者の幸い
    マタイの福音書5章5節「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。」【序】柔和な人の一般的なイメージ  3節は「心の貧しい者」で、4節は「悲しむ者」が幸いですとイエス様は教えてこられました。何だか幸いになるのは、あまり嬉しくなさそうな生き方が必要なのかと思いきや、本節の柔和な者というのは好ましい表現です。そこで、どうしたら柔和な人柄になれるだろう。柔和な人になりたいと思う時、柔和な人に...
  • 山上の説教2:悲しむ者の幸い
    マタイの福音書5章4節「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです。」 【序】悲しみにどう対処するか?  悲しむ者が幸いだとは、これまた奇妙な話です。私たち人間は、喜びにあふれて生きることを望みながら人生を歩んでいます。悲しみはなるべく経験したくないものです。それにもかかわらず、イエス・キリストは「悲しむ者は幸いです」と言われました。どうしてでしょうか。人は悲しむとどんな良いことがあるので...
  • 山上の説教1:心の貧しい者の幸い
    マタイの福音書5章3節「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」 【序】八福の教えの紹介 人は誰しもこの世に生を受けたからには、幸せになりたいと願って人生を歩んでいるに違いありません。では、私たちにとってどんな人生が幸せでしょうか。ありあまるほどのお金がある人生はいかがでしょうか。欲しい物は何でも手に入り、毎日贅沢なご馳走が食べられる。いいですね。幸せな家庭を築き、多くの...